本リポジトリは、東京のアマチュアオーケストラ Orchestra Est が提供する曲目解説や各種資料のアーカイブです。
次回演奏会:2024年12月1日(日)昼公演 於 ミューザ川崎 シンフォニーホール。詳細は本ページ下部をご覧ください。チケットのお申し込みはこちらから!

2024年6月30日 発行(Orchester des Himmels 第4回演奏会) | 2024年10月29日 掲載

管弦楽のための《映像》より〈イベリア〉

ドビュッシー

中井 亮(トランペット)

作曲の経緯

本作品は、フランスの作曲家クロード・ドビュッシー(1862–1918)が《小組曲》 (1889)、《『牧神の午後』への前奏曲》 (1894)、《海》 (1905)といった代表作を完成させ、印象主義の作風を確立させた後の円熟期に作曲された。ドビュッシーの作風の特徴は「19世紀的和声法の枠を越えた、より自由な音色の移り変わり」(船山 2024)と評されるが、本作品においてもその特徴は存分に発揮されている。

「映像 Images」と題する作品は全部で3つある。1作目と2作目はいずれもピアノ曲で、1作目 (1905)は〈水の反射〉〈ラモー Jean-Philippe Rameau (1683–1764). バロック時代のフランスの作曲家。バッハとヘンデルの2歳年上にあたる。*1を讃えて〉〈運動〉、2作目 (1907)は〈葉蔭をわたる鐘の音〉〈月は荒れ寺の上に照る〉〈金色の魚〉のそれぞれ3曲からなる 以上、〈ラモーを讃えて〉〈金色の魚〉以外の曲名の日本語訳は菅野 (1995)によった。*2。「映像」シリーズの3作目にあたる、管弦楽のための《映像》は、ドビュッシーが各国の情景から得た着想が元になっている。1曲目の〈ジーグ〉 (1912)は英国・アイルランドの舞曲をもとにしており、ドビュッシーが英国で聴いたバグパイプの響きの影響が見られる。3曲目の〈春のロンド〉 (1909)にはフランスの古い歌をモチーフとしている。そして2曲目の、本日演奏する〈イベリア〉 (1908)はその名の通りスペインの印象がもとになっており、3つの楽章から構成されている。

初演と評価

ピエルネ Gabriel Pierné (1863–1937). 代表作に《ハープと管弦楽のための小協奏曲》など。*3の指揮により1910年に行われた〈イベリア〉の初演は大成功を収め、大喝采のうちにアンコールを求められるほどであった。だが一方で批評家たちは、本作品を似非スペイン風であるとか、シャブリエの《スペイン》やラヴェルの《スペイン狂詩曲》には及ばないと考えていたようである。しかし、批評家アルフレッド・ブリュノーは「祭の日の朝」について次のように絶讃した (Holmes 1989, 89f.)。

これらの[〈イベリア〉における]繊細なスペインの素描は、アルベニス Isaac Albéniz (1860–1909). スペインの作曲家。1905年から本作品の完成と同年の1908年にかけて、本作品と同じく「イベリア」と題するピアノ組曲を完成させていた。*4やシャブリエの大胆なキャンバスとは全く異なる。[「祭の日の朝」の]最初の部分と最後の部分には活気と陽気さがある一方で、粗暴さは全くない。それらは詩的で、卓越した色彩を備えており、魅惑的な魅力と優れた芸術性に満ちている。

また、ファリャ Manuel de Falla (1876–1946). スペインの作曲家。バレエ音楽《三角帽子》などで知られる。*5は次のように書き、後にドビュッシーの影響を受けた作品を残した。

輝く光の透明な雰囲気に浮かぶような、村からのこだま。アンダルシアの夜の魅惑的な魔法。踊っている人々の祝祭的な陽気。——これらすべてが空中で疾走し、近づいたり遠ざかったりする。強烈な表現力と変化に富んだ音楽の力によって、私たちの想像力は、喚起され続けるとともに眩惑させられる。

各曲解説

1. 街道を通って、そして小径を辿たどって

原題 Par les rues et par les chemins の rue は都市部の大きな街道、chemin は田舎の小さな道。楽章名に現れているように、明るく活気に満ちた音楽と、どこか懐かしさを感じさせる音楽との対比が魅力的な楽章である しばしば「街の道と田舎の道」などと訳されるが、前置詞 par を無視しており、良い訳とはいえない。*6。冒頭、カスタネットが印象的なスペイン舞曲風の陽気な3拍子のリズムで始まり、快活な旋律が続く。ホルンによる2拍子の旋律をきっかけとして後半部に入り、最後は静かに終わる。

2. 夜の芳香

弦楽器とシロフォンによる伴奏の上で、オーボエが断片的な旋律を演奏する。次第に息の長い旋律が現れ、様々な楽器による音色の移り変わりを見せる。ヴァイオリンやトランペットなどが第1楽章前半の主題を回想した後、徐々に鐘の音が聞こえてきて、トランペットが祭の音楽を予告すると、切れ目なく次に続く。

3. 祭の日の朝

遠くから近づいてくる足音のような低弦のリズムと朝を告げる鐘の音に導かれ、クラリネットが祭を思わせる陽気な旋律を演奏する。中間部でのヴァイオリン独奏を経て曲はさらに盛り上がり、木管楽器により第1楽章後半の主題が再現されると、祝祭的な賑やかさをもって終わる。

参考文献

脚註

  1.  ↑ Jean-Philippe Rameau (1683–1764). バロック時代のフランスの作曲家。バッハとヘンデルの2歳年上にあたる。
  2.  ↑ 以上、〈ラモーを讃えて〉〈金色の魚〉以外の曲名の日本語訳は菅野 (1995)によった。
  3.  ↑ Gabriel Pierné (1863–1937). 代表作に《ハープと管弦楽のための小協奏曲》など。
  4.  ↑ Isaac Albéniz (1860–1909). スペインの作曲家。1905年から本作品の完成と同年の1908年にかけて、本作品と同じく「イベリア」と題するピアノ組曲を完成させていた。
  5.  ↑ Manuel de Falla (1876–1946). スペインの作曲家。バレエ音楽《三角帽子》などで知られる。
  6.  ↑ しばしば「街の道と田舎の道」などと訳されるが、前置詞 par を無視しており、良い訳とはいえない。