2024年6月30日 Orchester des Himmels 第4回演奏会

オーデンセ・コペンハーゲン訪問記 ~カール・ニールセンの「フューン島の少年時代」を求めて~

中井 亮(トランペット)

ニールセンは大地に両足を踏ん張って音を奏でている作曲家である。宮廷音楽家でもサロン音楽家でもない。[……]近代になって酪農国家となったデンマークという風土、その歴史と文化から養分を吸い上げ、民謡風のメロディアスな旋律に成長させ、人びとが口ずさめるような軽やかで印象に残る名曲にして花を咲かせた。単純で軽妙、しかも胸をうち、これがデンマークだ、とうなづける音楽を作曲したカール・ニールセンは、デンマークが誇って当然の作曲家であり、国民的作曲家として不動の地位を確保している。

(長島 2015, 2)

長島要一(デンマーク文学者、コペンハーゲン大学教授)が述べたように、ニールセンの音楽はデンマークの豊かな土壌の上に成り立っている。 ニールセンが晩年に出版した自伝『フューン島の少年時代』(原著Min Fynske Barndom)には、彼の少年時代の思い出が実に詳しく情感を込めて綴られている。決して裕福とはいえない生活の中でも希望を持ち続け、日常の出来事を楽しみ、人々との出会いを通じて音楽をはじめ様々な物事に興味を持ち、時には亡くなった知人や家族との別れを悲しむ――こういった自伝の内容は、ニールセンの感受性の豊かさを我々に伝えるとともに、彼の音楽性が故郷での日々によって育まれたことを十二分に感じさせる。

ニールセンの音楽を真に理解するためには、彼が少年時代を過ごしたオーデンセの土を踏むことが不可欠と考え、筆者は今年5月にオーデンセおよびコペンハーゲンに所在するニールセンゆかりの地を訪ねた。皆様にも、誌面でその雰囲気を感じていただければと思い、その行程をご紹介する。

免責事項: 以下の情報は訪問時の状況に基づいています。この情報を利用したことによるいかなる結果についても、筆者は責任を負いません。

オーデンセへ

日本からアムステルダムを経由し、18時間かけてコペンハーゲン空港へ(直行便はない)。空港から直通の高速列車で1時間半、海底トンネルと橋梁を経由して、オーデンセOdenseに到着。デンマークの領土は主に、首都コペンハーゲンが位置するシェラン島、第2の都市オーフスが位置するユーラシア大陸のユラン半島、そしてフューン島からなる。オーデンセはフューン島最大の都市かつデンマーク第3の都市である。

カール・ニールセン博物館

オーデンセ駅から、市内電車を横目に10分ほど歩くと、音楽ホールやアンデルセン博物館を中心とする文化地区があり、その一角にニールセン博物館がある。

館内は2階建てで、1階にはニールセンの生涯と作品に関する映像展示があり、2階では少年時代から晩年に至る各時代のニールセンゆかりの品々(少年時代に演奏していたヴァイオリン、壮年期に各国から授与されたメダル・賞状など)を、対応する各時代の作品(第2番と第4番を除く交響曲および《アラジン》組曲、ピアノ曲など)を聴きながら鑑賞することができる。インターネット上の情報によると2015年頃にはニールセンのコペンハーゲンでの住居を再現した展示がされていたようだが、現在の展示内容は前述の通り異なる。

なお、ニールセン博物館の入場券で後述の子供時代の家にも入れるため、先にこちらを訪れると良い。また、近隣にあるアンデルセン博物館のチケットを持っているとニールセン博物館のチケットを半額で購入できる(逆は不可)。2015年頃には入場無料だったようだが、現在は有料である。

オーデンセからノア=リュンデルセへ

ソーテルンからオーデンセまで歩いて10キロメートルほどありましたが、私は一瞬とも疲れたりしませんでした。母は腕に籠をかけ、私の手を引いていましたが、私は時々前に走っていき、途中で二、三度道端に腰をおろして休み、一緒にお弁当を食べました。 (ニールセン 1927=2015, 26)

オーデンセはニールセンが14歳頃から19歳頃までを過ごした町であって、ニールセンがそれ以前の少年時代を過ごしたのはノア=リュンデルセ Nørre Lyndelse という、オーデンセから15 kmほど南にある人口2,000人程度の小さな町である。少年時代のニールセンはオーデンセとソーテルンあるいはノア=リュンデルセの間をよく歩いていたので、筆者もそれを追体験すべく、5時間をかけて歩いた。

途中にはオーデンセ大学(自然公園・鉄道との立体交差(地図①)、動物園、高速道路(地図②)など興味深い施設が点在し、郊外には広々とした住宅街が広がっているが、中心部から8 kmほど南下しオーデンセ市の端(地図③)まで到達すると、以後は一本道の両脇に広大な農地が延々と続く。道路のすぐそばの菜の花畑や牧場からは、おそらくカール少年も嗅いだであろう、土と肥料のにおいが漂っていた。そのにおいは、筆者には交響曲第1番や第3番に通底する自然な素朴さを想起させた。

ブラムストロップ農場

私はブラムストロップ農場の手伝いの仕事を学校の夏休みと秋の初めにしたのでした。私は8歳か9歳だったと思います。毎朝早く農場へ行き、ガチョウの大群を追って池まで歩いて行きました。(ニールセン 1927=2015, 49)

ブラムストロップ農場はオーデンセ市街から南に10 km, ノア=リュンデルセから6 kmほど北に位置している。ニールセンの少年時代には、周囲の小農場を統括する中心的存在であった。ニールセンの近所の農家もブラムストロップ農場に所属していたほか、ニールセンが直接手伝いに行くこともあった。現在も大農場として健在のようで、巨大な土地と倉庫を備えている。

筆者は偶然、農業用車に乗って現れた農場主に会い、話を聞くことができた。曰く、彼の祖父はニールセンとよく遊んでいたといい、写真の建物は1847年に建てたので(ニールセンは1865年生まれ)、まさにこの建物にニールセンは出入りしていたという。

ニールセンの子供時代の家

その日当たりが良くて明るくて喜びに満ちていた家に、わが一家はほんとうに引っ越したのでした。(ニールセン 1927=2015, 106)

ブラムストロップ農場からさらに歩くこと2時間、ニールセンが通った小学校(地図⑤)に寄り道しつつノア=リュンデルセの小さな町を北から南へ通り抜けた町のはずれに、ニールセンの子供時代の家がある。 多くのきょうだいと共に住んでいたにしては決して広いとはいえない家であるが、カールの父が一念発起して移り住んだ家であり、カールにとっても思い出深い家だったようである(晩年のカールが兄アルバートとともにこの家を訪ねたときに撮った写真が残っている)。

内部には当時の間取りが再現されており、ニールセン一家に関する展示を見ることができる。クローゼットやソファ、キャビネットなど一部の家具はまさにニールセン一家が使っていたそのものである。

ニールセンの生家跡

私の生まれた家は畑のまん中にありました。畑といっても長年放置されていた草地で、めったに耕されたことがなく、耕されてもまたすぐに草地にされていたところでした。家まで馬車の入れる道はなく、小径がふたつあるだけでした。(ニールセン 1927=2015, 30)

一家が上述の「子供時代の家」に移ったのはカールが13歳の頃であり、それまで一家は別の家に、一軒を他の家族と半分ずつ分け合って住んでいた。この家がカールの生家であり、ノア=リュンデルセの北、ブラムストロップ農場の近くに位置するソーテルンSorterungという小さな集落に位置していた。筆者は往路でその付近を通ったとき、ソーテルンの名を表す標識も見つけられず、近くに大きな工業地帯があったため、生家跡は農地・集落ごと再開発で消滅したものと考えていたが、「子供時代の家」のガイドに正確な場所を教わり、生家跡を見つけることができた。

生家跡には展示板と記念碑、休憩スペースが設けられており、記念碑には「ここにカール・ニールセンの生家があった Her Laa Carl Nielsens Barndomshjem」と刻まれている。実際にはこの記念碑の約 25 m後方、今でも10頭近くの馬が闊歩する広大な放牧地の中にニールセンが生まれた地があった。生家跡の周辺は見渡す限りの牧草地であり、遠くに見える池では鳥が羽を休めて水を飲んでいた。おそらくカール少年が日々眺めていたであろうこの長閑な風景は、きわめて印象的であり、この地を踏めたことは非常に感慨深い体験であった。

コペンハーゲンのニールセン像

コペンハーゲン中心部から1時間強歩くと、カステレット要塞(五稜郭)や有名な人魚像がある。そこから1 kmほどの場所に、ニールセン像がある。像は故郷フューン島の方角を見つめている。

ニールセンの墓所

[姉が16歳で亡くなったとき]黒い棺桶が、彼女の死そのものよりも強い印象を私に与えました。墓穴の中に土が投げられ、棺桶の蓋に当たってうつろな音がしたときに、私はひどく不安になりました。みんな泣いていたからです。(ニールセン 1927=2015, 70)

最後に、コペンハーゲンに戻り、ニールセンの墓所を訪れた。市街近くの西の共同墓地Vestre Kirkegårdの中に大きな墓石があり、妻アンヌ・マリー (1863‒1945) と長男ハンス・ビョーエ (1895‒1956) も一緒に眠っている(それぞれ写真の左手前と右手前の墓石)。2泊3日の忙しない行程ではあったが、誕生から終焉まで、ニールセンの生きた足跡を辿れたことになる。

現地に案内板等はないため、中井章徳氏のブログ記事の情報がなければ、墓所を見つけることは不可能であった。氏に深く感謝する。

デンマーク旅行のすすめ

このほか、オーデンセにはアンデルセン博物館(オーデンセと言えば一般的にはこちらが有名。アンデルセン童話の世界を五感で楽しめる)やデンマーク最大の鉄道博物館(デンマーク最大の鉄道博物館。個室の中まで入れるワゴン・リ社の客車展示や無料で乗れるミニ列車、広大な車両基地の中を自由に歩き回れる屋外展示などが特に素晴らしい)、駅に併設された音楽図書館など興味深い施設がある。駅の近くには北欧建築の美しい古い町並みが広がり、町のはずれには大きな公園があり自然にも親しめる。コペンハーゲンには王立図書館や、先史時代からの北欧文化を学べる国立博物館もある。ぜひ読者の皆様にもデンマークへの旅行を楽しんでいただければと思う。その際、本誌をガイドブックとして活用していただければ幸甚である。

地図

参考文献