2023年1月に開始した日本テレビ系ドラマ『リバーサルオーケストラ』。新しい地元ホールの建設を機に、地方の冴えないオーケストラを復活させるべく、市長の息子であり天才指揮者の朝陽(演:田中圭)と、半ば無理矢理巻き込まれた、元天才ヴァイオリニストの経歴を隠していた市職員、初音(演:門脇麦)がともに奮闘する……というストーリーです。
豪華なキャストやドラマとしての筋書きの面白さもさることながら、注目すべきは実に豊かな劇伴 (BGM)のレパートリーです。清塚 信也氏により、クラシック音楽が自由かつ大胆にアレンジされた上で、BGMとしてきわめて効果的に使用されています。
本稿では、第1話(2023年1月11日放送)の各シーンごとに劇伴の曲名を記載しています。原曲と聞き比べると、アレンジの巧みさ、ドラマのシーンと曲調の符合の面白さが感じられることでしょう。 本稿を通じて、クラシック音楽に興味を持っていただければ幸いです。
表示している再生時間はTVerに準拠しています。テレビ放送の録画と対照するときはコマーシャルなどの時間分ずれることがあります。
オーケストラが等が演奏しているシーン以外での利用(BGMとしての利用)は、原則としてすべてアレンジであり、楽器編成や旋律に翻案が加えられています。
本放送で演奏されたクラシック音楽は、ほぼすべて著作権が消滅しているのですが(だからこそ自由にアレンジができる)、この曲だけはまだ作曲者の没後70年経過していないため、著作権が存続しています。 オーケストラの実際の演奏シーンなので、アレンジではありません。
この曲は、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサート等でも定番のアンコール曲です。現実の通常のコンサートでは、聴衆も手拍子で参加する楽しい曲として演奏されることが多いですが、劇中では親子ともども全く興味のない様子で、オケの不人気さを印象づけるシーンです。
弦が切れてうろたえるコンマス(コンサートマスター)に指揮者が呆れるシーンがあります。本番中に弦が切れること自体は珍しくありませんが、そのときはコンサートマスターはすぐに隣の人(トップサイドといいます)と楽器を交換して演奏を再開し、トップサイドは後ろの人と楽器を交換、後ろの人はまた後ろの人と交換……というように楽器のリレーを行います。プロオケなのにそのような基本的な動作ができないのですから、指揮者が呆れるのも当然といえるでしょう。
「でも、スコアを全く見てなかったし、練習番号も全部憶えているみたいだったよ」と奏者が指揮者を弁護するシーンがあります。本番でスコアを見ずに指揮する(暗譜といいます)指揮者は少なくありませんが、リハーサルでも全く見ないというのは珍しいのではないでしょうか。特に練習番号(※)の位置を暗記しているというのは、常人離れしているように思われます(岩城宏之氏のように、写真記憶ができる指揮者であれば可能かもしれませんが)。短い台詞ですが朝陽の並外れた天才性を描写する良いエピソードです。
※練習番号:オーケストラの練習では曲の途中からやり直すことがよくあるので、数十小節ごと要所要所に[A]や[B]などアルファベットの記号があるのが一般的。アルファベットは音楽的な内容と関係なく機械的に振られるので、暗記するのは難しい。
ヨハン・シュトラウスは非常に多くのポルカを作曲しました。ポルカはチェコの民族舞曲で、本作品のように快活な印象の曲が多くあります。当団も2018年にヨハン・シュトラウスのポルカ《観光列車》を演奏しました。
結尾部の旋律・動機をもとに、独自の旋律を加えて自由に編曲されています。
《展覧会の絵》は本来ピアノ曲ですが(放送で使われたのもピアノ版)、ラヴェルによる管弦楽編曲版が有名です。当団も第2回演奏会(2017年)でラヴェル版の全曲を演奏しました。
本作品は練習曲ですが、多くの作曲家が本作品に触発され、《パガニーニの主題による変奏曲》等を作曲しています。
《動物の謝肉祭》は皮肉たっぷりの曲ですが、〈ピアニスト〉は、下手なピアニストを動物たちと同列に並べて揶揄い、「簡単な音階をわざと下手くそに弾く」という指示が楽譜に書き込まれた、特にユーモラスな曲です。生瀬勝久氏の名演も相俟って、激高して「満席にできなければ……」と無理筋の約束をしてしまう市長の滑稽さを印象づけています。
日本では「主よ、人の望みの喜びよ」としてよく知られています。
練習開始前に怒られているオケ団員についての解説。トランペット奏者はミュートを忘れてしまいました。「ミュート」は直訳すると消音器ですが、ここでは演奏中に音色を変えるための道具。トランペットなどのベル(ラッパの部分のこと)に入れることによって音色を大きく変化させ独特の演奏効果を生じさせます。ミュートなしでミュートの音色を出すのはどんな名手でも不可能でしょう。ヴィオラ奏者はパート譜(自分のパートが弾くべき音符だけが書かれた楽譜)を忘れてしまいましたが、弦楽器は複数人が同じ楽器を弾き、なおかつ2人1組で1つの楽譜を見る(プルトを組むと言います)ので、騒ぎ立てずにこっそり隣の人に楽譜を見せてくれるよう頼んでいれば指揮者に怒られずにすんだのではないか、という気が……。さらに余談になりますが、現実世界のオーケストラでは2021年ごろまで、“密”回避のためにプルトを組まずに弦楽器も管打楽器同様1人1つの譜面台を使うことが主流でした。
実際のオーケストラで演奏されるときは、ヴァイオリンのソロではありません。
《エニグマ変奏曲》(正式には「独奏主題による変奏曲」。曲目解説はこちら)はエルガーが妻、友人たち、そして自分自身をモチーフとして作曲した名作です。その中でも〈ニムロッド〉は随一の友人を描いた曲で、そのあたたかい曲調ゆえにしばしば単独でも演奏されます。 初音の妹への愛情の深さを暗示する素晴らしい選曲といえるでしょう。
以上、(一部不明の曲もありますが)『リバーサルオーケストラ』第1話のBGMとして利用されたクラシック楽曲を簡単な解説とともに振り返りました。 ヴァイオリン・ピアノのソロ曲からバロック音楽、20世紀のオーケストラ曲に至るまで、実に幅広い編成・時代の楽曲がBGMとして使われていることがわかります。
本作品の音楽担当、清塚氏は、放送後に下記のようにツイートしました(@ShinyaKiyozuka による 2023年1月11日のツイート、2023年1月13日取得)。
クラシックは長らく「アレンジ」をタブー視してきたけど、愛があればその壁も越えていけるんだと、示せるチャンスを頂いたように思います!
氏の指摘通り、クラシック音楽はその知名度と手軽さ故に様々なアレンジを受けてきました。その中にはアマチュアでさえ辟易する質の低いもの、原曲を尊重していないものも数多くありました。そのような背景があって、クラシック音楽界はアレンジを忌避してきたように思われます。
しかしながら本作品における劇伴は、単に楽曲のイメージや旋律を表面的に利用するのではなく、作品の背景を踏まえたうえで、BGMとドラマが上手く調和するよう、極めて巧みに構成されているように筆者には感じられます。それは間違いなくクラシック音楽への深い愛と造詣の賜物であると思われます。一部アマチュア演奏家を中心とする「原曲の方が良かった」という声も見過ごすことはできないものの、本作品の劇伴は従来の安易なアレンジとは一線を画すものであり、クラシック音楽界に根付くアレンジ忌避の考え方に一石を投じる作品となるのではないでしょうか。
ご意見・ご感想・ご指摘等をお寄せください。2023年1月18日21時追記:上記フォームおよびTwitterより多くの温かいコメントと情報提供をいただきました。ありがとうございました。フォームにて頂いたご指摘をもとに、更新・訂正しました (6:30, 23:45, 28:45, 40:30, 46:45)。