本リポジトリは、東京のアマチュアオーケストラ Orchestra Est が提供する曲目解説や各種資料のアーカイブです。
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2021年5月30日 発行 | 2021年5月30日 掲載 | 全文 PDF をダウンロード

八重奏曲

イーゴリ・ストラヴィンスキー

中井 亮(トランペット)

ストラヴィンスキーの半生

イーゴリ・フョードロヴィチ・ストラヴィンスキーは1882年、サンクトペテルブルクの近郊に生まれた。ストラヴィンスキー家 ストラヴィンスキー家は元々ポーランドの地主一家で、ロシアに移住する以前は東部ポーランドのスリマ川とストラヴァ川の名を取ってスリマ=ストラヴィンスキーと名乗っていた [1, p. 19]。*1 は当時、ロシアにおける知的上流階級に属していたが、マリインスキー劇場の有名な歌手であった父フョードルを除いては一家に音楽家はいなかった。

イーゴリは幼少の頃からピアノや和声法、対位法を学んでいたが、父親が音楽院への進学を許さなかったため、ペテルブルク大学の法学部に進学した。しかしながら、イーゴリは大学進学後も音楽の勉強を続けた。大学在学中にはリムスキー=コルサコフに作曲を学びはじめ、卒業後には《交響曲変ホ長調》を完成させた。1909年には《スケルツォ・ファンタスティック》、《花火》等の初期の代表作を発表した。これらの作品の初演を契機として、セルゲイ・ディアギレフおよび彼の創立したロシア・バレエ団との関わりが始まった。

1910–13年には、ロシア・バレエ団のために《火の鳥》《ペトルーシュカ》《春の祭典》を作曲した。これらの作品は「三大バレエ」とも呼ばれ、初期の民族主義的作風の極致と考えられている。その後、1918年の《兵士の物語》を嚆矢として、「古典主義への回帰」あるいは「新古典主義」へ転換し、1920年の《プルチネルラ》および1922年の本作品で新古典主義を完成させた [2]。

楽曲解説

本作品は、《交響曲変ホ長調》および歌劇《マヴラ》 の延長線上にあると考えられている [2, pp. 153–155]。《マヴラ》の一般観客からの無理解にもかかわらず、自信の成功を確信していた*2ストラヴィンスキーは、「自分の楽想を交響曲の分野で発展させることを決意」し、本作品の作曲に取りかかった [3, p. 143]。

《八重奏曲》は管楽アンサンブル作品であるが、その編成を一般的なオーケストラの管楽器セクションと比較すると、オーボエ・ホルンを欠いている点、および、ファゴット・トランペット・トロンボーンが2本1組であるのに対してフルートとクラリネット各1本が1組として扱われている点において特殊である。この編成について、ストラヴィンスキーは次のように述べている。

当初、私は音響的媒体を考えずに、つまり後にそれがとる器楽形式を知らずにこれを作曲した。この問題を決定したのは第一章を書き終えてからである。その時初めて私は、この曲の対位法、この曲の性格と構造に最も合致するアンサンブルを知ることができた。[3, p. 143] 

楽曲は第1楽章(シンフォニア:序奏のあるソナタ形式)、第2楽章(主題と変奏)、第3楽章(終曲:ロンド形式)の3楽章からなる。編成の特殊さやトランペットに始まる序奏から受ける印象とは裏腹に、楽曲は古典的な構成に基づいている。フランスの評論家フィリッポは、本作品の魅力はむしろ「非・新古典主義的な面」にあり、「古典主義的ではなくて単純素朴に古典的な面からわれわれは感動を受けている」とさえ評している [1, p. 193]。

脚註

  1.  ↑ ストラヴィンスキー家は元々ポーランドの地主一家で、ロシアに移住する以前は東部ポーランドのスリマ川とストラヴァ川の名を取ってスリマ=ストラヴィンスキーと名乗っていた [1, p. 19]。
  2. 《マヴラ》についてはストラヴィンスキー自身、当時の観客や批評家による受容について 「一般に完全な失敗作と見なされ、作者の混乱と気まぐれの作とされた」と回想する一方、自身は「自分の楽想を明確に表現することに成功した作品」であると確信した、と述べている [3, p. 142]。実際に《マヴラ》は、ストラヴィンスキーの作品を50以上収録した『作曲家別名曲解説ライブラリー』 [2] にも掲載されておらず、現代においても彼の重要な作品とは見なされていないようである。

参考文献

  1. Michel Philippot, 松本勤, 丹治恒次郎. ストラヴィンスキー. 音楽之友社, 1980.
  2. [高見完]. 八重奏曲. 作曲家別名曲解説ライブラリーストラヴィンスキー. 音楽之友社, 1995.
  3. Igor Stravinsky, 塚谷晃弘. ストラヴィンスキー自伝. 全音楽譜出版社, 1981.